ぽつんと置かれたクッションから
君の匂いがした
君は死んだのに
ちっとも匂いは変わらなかった
日なたを選んで横たわる
降り注ぐ、熱い光に
まぶたをきつくつむって
前腕で顔を覆って
君がしていたように
体を少し丸くして
あぁ、君は幸福な猫だったろうか
もちろん、私は幸福な飼い主だった
2009年、わたしは憧れの学校に入学し
2013年、その場を卒業したらしい
その年の春、またも同じ門をくぐり
門を出たのは二年後のはずなのだが、
あぁ、それが西暦何年なのかが分からない。
羅列する数字。
それらは少しも記憶を連れてきてはくれない。
果たして、
と
私のペンが書類の上で止まる
果たして記憶の中の「私」は
私なのだろうか、と。
ひとつの時間軸上に存在する
「無数の私」と
「いまの私」は
同じ「私」と言えるのだろうか
記憶の私は決して
今の私の喜びも悲しみも
理解はできないだろう
ひとりの食卓のわびしさも
一輪の薔薇への愛しさも
あぁ、さらばだ
もう二度と過去には戻れない
「私」は歩み続ける
「私」は感じ続ける
分裂を繰り返し
感情を堆積させ
より複雑な生命体に
さぁ、進もう
ひそやかなる変化を遂げるために
あなたの瞳を覗き込むと、
きゅうっと小さな黒目がじわりと滲む
私を映す中心ではなく
その縁を、
とろりとした茶と黒の境界をなぞる
明快なはずなのに、
ふるふると揺れているような
その境界は、
たまらなく私を歓喜させる
ただ、
それはあまりにも美しくて、
その滲みが私だけのものであるようにと、
私の真っ白な感情に
一点の染みを生む
やがて
貴方の薄い瞼が瞳を覆い
触れあう熱が生じた
私の脳が白く弾ける
あぁ、しかし
染みは広がっているかもしれない
私はあなたという全てに
オソレを感じるのだ