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独白

くだらねえよな。
くだらない。
雷が去った後、雨の音も途絶えたその瞬間にぽつりともらされた声。

結局。結局死か。

振り向くと彼は畳の上にどうと横たわり、黄色く枯れた畳を爪の先でいじくっていた。

「気に入らなかったかい」

低い机の上に随筆がほったらかされている。
先ほどまで目元を赤くしながらそれを読んでいたのは彼だ。

やっぱり、90年生きようと、100年生きようと、一人の人間が得られるものなんてたいして知れているんだな。
どんな死を前にしても、人の血がたっぷりと流れるのを見ても、人は結局うまいものを食って、
湯に浸かって、人は素晴らしいと言う。

「うん」

人の穏やかな死しか知らなくて、人を殺したこともない私の持っている感情なんて、怒りなんて、人間への称賛なんて、もっと嘘だ。
嘘だ、嘘っぱち。
まがい物だよ。

「うん」

傍に腰を下ろす。顔を覗き込むと意外に彼は泣いていなかった。

私の感情なんて嘘だよ。嘘っぱちだ。
……こう言うのだって、お前に慰めて欲しいからだ。

とうとう彼は顔をくしゃりと歪めて涙をぼろぼろぼろぼろ流し始めた。

「慰めて欲しいかい?」

顔を覗き込んだまま問うと、彼は真っ赤に充血した唇をわずかに開いて、それからゆっくりと首を横に振った。

僕は立ち上がると、障子を開けた。

どこに行くの?

「小便」


あれが出て行った瞬間、ざっと雨の音が戻ってきた。
起き上がってぬるい茶をすする。

結局、狂えもしない。

一人きりの部屋で涙を拭った。


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