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泣かない神

不幸をくれないか、と陰気そうに雨神は呟いた。
いや、呟いたのではないだろう。それが彼の話し方なのだ、呟いたのではなく、私に声を掛けたのだ。堂々と。
「無茶を言うなよ」
呆れ含みの声が最後には思わず笑ってしまった。疫病神に不幸を寄越せだなんてと言うと、疫病神、とまた陰気な声が私を呼ぶ。
「じゃあお前の雨をひとしずくくれよ」
「できるわけがない」
憮然とした声。表情は変わらないものの、この消えそうな声は案外と表情豊かだ。
「くるしい……」
ふうん、と私は意地悪い気持ちで雨神を見た。
晴神の肌が焼けてきたと聞いたのはもう少し前だ。外界はそろそろ干ばつだろうか。そうずればまた純粋な不幸は減る。かといってこいつを苦しめて号泣させればまた災害だ。
雨神は片手で顔を覆う。苦しげな息を吐いてはみせても、涙は出ないようだ。
「泣けるときに泣けばいい。別に誰も強制などしていないさ」
もっと苦しめよ。
意地汚い気持ちで雨神の下まぶたの粘膜に親指の腹を押し付け、濡れたそれをこすりつけるように彼の頬をなぞった。
「どうせ人間たちは雨乞いやら何やらでかわいそうな生贄を捧げてくれる。晴神の苦痛には泣けぬのに、生贄に泣くのだからお前は大した性格だよ」

神の庭は不幸に満ちている。
それで更に不幸を求めるなどと、どだい無理な話だ。
呪わしい、と今度こそ呟いた雨神に、疫病神は美しい顔を歪ませて愉しそうに笑った。
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