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オンナごっこ

ミルクティー色に爪を染めたところで
わたしはオンナになれないんだわ
乱暴にルージュをひきたくなる
真顔で鏡を覗き込みたくなる

無表情で立っているのは心配されたいから
きらきらした世界に媚びない自分を演出したいから
むなしいから
ひとのしあわせについて考えているから
素のままの自分でいたいから

鎖骨を指でなぞる
わたしの体で一番美しいくぼみ
汚れたことのないライン

手の甲をかぐ
無臭なのが悲しくて
使いどころのない香水を思うさまふりかけた

ルージュが折れるほど強く唇におしつけて
鏡に流し目、してみせた
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ゆきのにおい

寒いね、と言いながら、カーエアコンをつけた瞬間に君の呼吸が変わった。
すぅっと、溶けるように透明になり、やがてそれは元に戻った。
理由は問わなかった。それはとりたてて聞くほどもないほど感覚的で、ささいなものであったから。
ただ、会話が途切れたことに気づいたのだろう彼が口を開いた。

「不思議だね」

ウィンカーがカチカチと鳴る。

「実に、不思議だ」

私はハンドルを大きく回しながら、ふしぎ、と呟いた。

「暖房の匂いを嗅いだ途端に雪を思い出したんだ。雪が降っている街を、運転しているんだ。
何年前の景色だろう。でも、確かに過去の景色なんだ。空想じゃない。
不思議だね。私の故郷の思い出はいつも冬なんだよ」

へぇ、とそれが平坦なものに聞こえたのかもしれない。
君は薄くため息をついた。

「君には分からないかもしれないな、このくには雪がほとんど降らないから」

彼の故郷は一年の三分の一が冬なのだと、聞いたことがあった。

「雪の匂いは思い出せない。でも、油の混じったような暖房の匂いは、よく覚えている。
それで思い出すのはストーブではなくて、雪なんだ。
きっとね、」

うん、と私は声に出した。彼の声が嬉しそうに温度を上げてているのが分かったからだ。

「雪の降る世界で、火にあたることが最もしあわせなことだったからだ。
朝早く、猫と一緒にストーブの前でまるくなって体をあぶるんだ。
家の中が温かくなって、屋根の雪がどさっと落ちる。
それでまた雪が舞うんだよ。私はのんきにそれを眺めている。
油の匂いがするんだ。雪の匂いじゃない。」

私は、彼の思い出の姿かたちをはっきりとは空想できなかった。
しかし、それが「しあわせ」であると、私は理解できた。
赤信号で車が止まる。君は小さくあくびをした。