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わたしというモノ

なにかの役に立たねばならないという縄が
わたしをがんじがらめにしていた

役に立たぬ以上は
誰かの迷惑にならぬよう
ならぬよう
息をしていた。
ゆっくり、ゆっくり、明るく、冷静に
賢く、美しく
吊り上げた口角を
ピンを打ちつけて止める思いで

わたしは、だがわたしは、
それが苦しかった。
幾度も涙を流した理由の根源を
わたしは昨夜、ようやくみつけた。

みつけたところで
どうしようか。
よく分からぬ、よく分からないけれども
でも、わたしは、
こうして生きているのだ。

生まれた以上の奇跡を起こしていないと
嘆いていた、
わたしは、
この一呼吸一呼吸が奇跡なのだと
気づいたのだ。

わたしは奇跡の集合で
あまねくいのちは、
「存在する」ということは奇跡で、
わたしは奇跡の中心にある、とそれが
わたしはうれしかったのだ。
伝えたいと思ったのだ。
奇跡なのだと。

平凡ではない、
とこしえに起こり得ないはずの奇跡が
今、ここに集中しているのだと。

この一文字が
奇跡なのだと。
今の一呼吸が、
奇跡なのだ。
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美のイデア

うつくしい人がいる。
覚えている。
魂の裏側であなたを覚えている、
あなたはうつくしい人だと。
猛々しく、凛として、
鼻先はいつも光のある場所へと向けられている。
わたしはいつもその横顔を
ただただ見つめていた、
そんな気がする。

あなたはうつくしかった。
わたしはそれがおそろしかった。
目にすれば、
胸の内がずたずたに引き裂かれるようで。
あなたを自分のものともできず、
あなたのものともなれぬ自分が、
ただただ口惜しく、
ひたすらに情けなく。

あなたがおそろしかった
しかし、うつくしさを目に留めるようとする
その本能に逆らえるはずもなく。

胸が引き裂かれる、
あなたは不意にわたしを見て、
その様に微笑むことがある。
傷口から血を噴き上げるわたしの生命は、
それだけで拍動を続ける。

わたしは鑿を振るっていた
わたしは石板に文字を刻んでいた
わたしは紙にペン先を押し付けていた
涙を流しながら、
おそれに、いとしさに、
自らを傷つけながら、
あなたを象っていた。

涙が止まらない。
畏怖と歓喜のリフレイン。
魂があなたを覚えている。
記憶の中のあなたは光を浴びている。
わたしはまたあなたを見つけたい。
聖なるイコンを抱きしめている。

指きり

「人はひとの中に唯一の自分を創ろうとするだろう?
僕はね、それに疲れてしまったんだよ
やはり夢を追いかけていた方が良かったのかな
でもあれは実際、相当に勉強しなければいけないんだ」

夢って、なんですか

「といっても、無理だと宣告されるのが嫌でね
人はひとの人生に対してはっきりとものを言わないだろう?
時々すっぱりと向いていないよ、と言う奴もいるけどね。」


わたしの呟きは声にならなかったらしい。
叔父はぬるくなったアイスコーヒーを傾けながら、誰か別のひとに笑っている。
その人は、いますよねぇ、と頷いている。
頷きながら、台所の煮物の加減を見てくるとさっさと立ってしまった。

でも、僕には言ってくれないんだよ。
彼の中には、「僕」がいないから。

叔父はそうとは言わなかった。
でも、ふと、諦めたように笑った顔を見て、勝手に想像しただけだ。

きっと叔父の中にも唯一の「わたし」はいないんだろうな、と思いながら、
わたしは実にこどもらしく叔父にすり寄り、最近読んだ小説の話をした。
叔父はにこにことわたしの話に頷き、わたしの問いにうーん、と首をひねりながら、そうやって一生懸命話を聞いてくれた。

「今度、面白い御本を教えてください」

そういうと彼はやはりにこにこと「分かった」と頷いた。

「約束です」

わたしは叔父の笑顔の中心に小指を突きだした。
ひとの中に「自分」を少しでも残しておくために、約束はとても有効な手段だと、わたしはその時信じていたのである。

彼はしばらく指を見つめ、神妙な顔つきで思案した挙句、小指をわたしの小指に絡ませた。
のろのろとしたその動きに、わたしは未知の昆虫に触れる幼児の風を感じた。

「約束だ、きっと……」

その時の、硬い皮膚の感触と、思いのほか強い力で絡んだ痛みを通して、叔父はわたしの中に埋め込まれたのだ。
叔父は、わたしの感情や愛しさを感じる部分に、自分がいることを知らない。
わたしはそれを伝えるきっかけを、すっかり逸してしまった。

正常な欲求

平凡な部屋だ
1LDKとは名ばかりの
変形ワンルーム
とても整然とは言えない部屋は
単純に死が満ちている

何も孕まないプラスティック容器
息をしていたものは
すでに冷え切って「食料」とされ
安いタイルカーペットの上を横切る虫は
高速の「何か」によって瞬時に圧死する
わずかな残骸が、染みとして残っている

この部屋の中で
生きているのは私だけだ

私は部屋に侵入する生物を
残らず殺害しながら
「家族が欲しい」と
誰彼かまわず吹聴しているのだ