真っ赤なルージュをひいた唇がぼくをなじった
それがあまりにぼくの心を衝いて
ぼくは思わず笑ってしまった
右頬に炸裂音
鮮烈な火の影が皮膚をえぐる
痛みを貪ろうと言うのか
血が四方から流れ込む
涙が血に追いやられ
外気を求める
脳髄にこびりついた君のイメージ
アカ、紅、緋、焔、あか
最後の言葉は
ぼくへの信頼をあらわしていた
淡彩色の想いを真っ赤なルージュで塗りつぶして
君はぼくをなじる
ぼくはそのルージュ越しにしか
君にくちづけられないのに
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そろそろ気づいて欲しいものだね
その問いをする度に君は不機嫌な顔をする
僕が君の望む返答はしないからだ
知っているよ
―そんなこと
気づいているよ
―答えを言葉で欲していないということも
そろそろ気づいてもいいだろうに
僕が君の望みを知ってなお
わざとこんな表情をしていることに
「君の隣はほっとする」
どうだい?
「一緒だと時間が早く過ぎるね」
足りないだろう?知っているさ
そろそろ気づいているのかな
君の問いをかわすこの態度こそが
僕の確認方法だってことに
僕は怖いんだよ
(君は知らないのかもしれないけど)
火がついて燃え尽きることが
(生まれた瞬間を保つことなんてできないんだよ〉
気づかなくてもいいよ、僕の笑い顔の向こう側なんて
私は素敵な詩が書けない
恋を知らないから
私は「君」の素晴らしさが描けない
私には「君」がいないから
もがきながら書く言葉は
見苦しくて身勝手で
とても読めたものではないのだけれど
でも
はっとするほどに美しい言葉を生み出すのも
やはり恋なのだと思う
捧げる相手のいない私の言葉は
一時舞い上がっても
ゆっくりと降下してそのまま積み重なり
灰になってしまう
湿り気の無い言葉は誰の心にも付着できないのだろう
乾いて、やがて消えてしまう
そんなことは望んでいないのに
千の言葉より
一の「愛している」が尊いのなら
私は今この時
その珠玉を手に入れたいと思う
どうか、どうか
言ノ葉を捧げる人ができますように
美しい姿も
美しい心も
美しい声もないけれど
たどたどしくながら詠います
「貴方」がいれば
きっと私も素敵な詩を唇にのせて
微笑うことができるのでしょう
洗濯機のブザー音
わたしは目をこすりながら
パカリと白い蓋を開けた
適当に放り込んだYシャツを
一枚一枚広げては、干す
という作業を繰り返したが
Yシャツは袖と袖を絡ませて
まるでシルクハットから溢れる万国旗のように
次から次へ現れるのだ
その数なんと十枚超
わたしは下着を干しながら
自分自身を誇ろうと決めた
簡単には落ちぬ襟染みを作りながら
私はせっせと働いているのだ
わたしは靴下をハンガーにかけて
一人でひそひそ笑っていた
澄んだ夜空に急速に生まれた黒い雲
それは収縮しながら膨張し
あっという間に
凝結した
そこから
青白い閃光が放たれた途端
鉄塊は溶解して
霧散する
束の間天と地を結んだかに見えた雷は
とある一本の樹木の梢に刺さり
乾いた梢を破裂させていた
無残にえぐれた樹皮に炎がちらつく
それは
寒さに凍える梟の体を温めたが
一瞬の電撃で巣を失ったカラスは
天を仰いでおいおいと泣いた
黒い瞳から涙が零れる
だが
それが彼の人に見えるはずもなく
「神」は
それを祝福と受け止め
満足げに頷いたのだった
吸って、吐いて
私にとっては単純な
身体にとっては複雑な
この動作だけで
この化学的連鎖で
私はようやく生きている
どんなに落ち込もうと
どんなに喜ぼうと
驚きで「息を呑もう」と
「息の止まる思い」をしようと
この動作だけは
止まることなく続いていく
全ての感情・動作
全て呼吸の上に成り立っている
吸って、吐いて
それだけを繰り返せば
私たちはなんとか生きいける
吸って、吐いて
吸って、はいて
すって、はいて
安い中古CDを何度も繰り返し聞いて
お気に入りの曲見つけては口ずさんでいた
目の前には麦茶が落ちて
少しよれた漢字練習ノート
敷かれたレールを歩いてきただけだとあなたはいうけれど
でも猛烈に走り抜けるそのレールの先には
いつも根拠のない希望が光っていた
畳の匂いを心地よく思うのも忘れて
がたついたテーブルの足に鼻をこすりつける猫を追い払っていた
目の前には、消しゴムのかけ過ぎで
ちょっぴり破れた物理の宿題シート
これからは好きなことだけでは生きていけないとあなたはいうけれど
それは今も昔も同じこと
いつだって輪郭がはっきりしないくせに強烈に光る『夢』のため
戦っていた
さぁ、どうだろう
窓の外では青い空が広がっている
それなのに泣きながらスーツを着て
化粧を剥がしながら車に乗り込んで出勤している
休みは休みで「遊び」と称して買い物に行って
また会社に行っては怒られて
泣いて
謝って
これが私の「希望」の結果なのだと言えば
あの時の私はなんて言うだろう
あぁ、どうか君だけは私を誇ってください
親元離れて一人で生きている私に
拍手を送ってください
味気ない拍手でも私は頷いて
泣きながら、やっぱり歩きだしましょう
あの時感じた希望や夢が
今の私の姿だとすれば、私はもう少し頑張れるでしょう
横顔が、好きだよ、と小声で打ち明けた。
照れ隠しの寝返りの音で、きっと君には届かなかったけれど、でも、告白をしたことは気づいてくれたんじゃないかな。君が小首を傾げるようにして、こちらを見たもの。
寝返りをうってしまったから、姿は見えない。
だけど、椅子の軋む音がしたから、だから、こちらを見ているだろう。
君は立ち上がって、ずり落ちた布団を掛け直してくれた。
「おやすみ」
夜、君の声は低く響いて、ふんわりと甘い匂いがする。
乾いてさらさらとした指の腹が、僕の生え際をなぞって、そっと離れた。
好きだよ、と胸の中で言った。
横顔以外も全部好き。
夜は、僕と君を二人だけにしてくれるから、僕は眠ったふりをして君を見つめていられるし、呼吸の音だけでも会話できる気がするんだ。
「おやすみなさい」
眠りたくない。でも、君が優しく命令するから。だから、僕はやっと君の気配を追いかけるのをやめて、布団にもぐりこんだ。
石ころを蹴飛ばしながら
僕は帰る
石ころが家の玄関の前で止まるまで
僕は帰らない
つん、ころろ
つんころろ
つん、ころろ
ころろろろ
どこまでも蹴飛ばして
どこまでも蹴飛ばせば
どこまでもいける気がしてくる
だから思いっきり蹴飛ばして
赤く染まる道を
僕は走り出す
背中のかばんががちゃがちゃ鳴って
息がハァハァあがってきて
つん、ころろ
つんころろ
つん、ころろ
ころろろろ
夕焼け空はだんだんと
紫色になっていて
僕はふっと後ろをみた
そこには、一番星が
つん、ころろ
つんころろ
つん、ころろ
つんころろ
つん、ころろ
つんころろ
つん、ころろ
ころろろろん
玄関の前では
母さんが
僕を見つけて
笑ってた
後でしっかり
怒られた
たとえば人の人生の軌跡が
まるで半紙に筆を運ぶように残るのだとしたら
それは人の感動を誘うものになるのだろうか
幸せな時、のびやかに筆幅は広がり
苦しければ、点々と墨が落ちるように跡が残る。
もがく時、乾いた墨に線はかすれ
満足を得て、柔らかく軽く筆が走る。
私の筆がそっと止まり、
やがて墨も乾くとき
それが誰かの目に止まるものであればいいと思う
「夜の乗り物というのは不思議なもので、人というものが出る気がするのです。」
窓に映り込む己の横顔越しに、街明かりを見ていた私は、ふっと記憶から立ち昇ってきた男の言葉に、思わず膝の上の文庫本へと視線を落とした。
初めての一人旅。寝台の揺れる二等船室で、同室の男が唐突に語った話であった。
私は人の挙動を見るのが好きなのです。
人を見ていると、様々なことに気がつきます。
好きなこと、大事にしているもの、こだわり…。言葉は必要ありません。ただよぅく見ていればいい。特に、
夜の乗り物に一人でいる乗客。
その人間がやっていることは、その者が心から望んでいることをしているのだ、と、確かそんな話だった。
こざっぱりとしたスーツを着た、ビジネスマン風の男が、そんなことを初対面の人間に語るなど、今考えるといくらかゾッとする話だが、その頃はそんなものかと聞いていたのだ。
「例えばほら、貴方はたまに外の景色を見ながら、本を読むのがお好きなようだ。温かいお茶を片手にね…。あぁ、目的地にさえ着かなければ、人はずっと幸せなのかもしれませんねぇ」
貴方もそう思いませんか?
ふっと、今度は男の声が耳元で聞こえた気がして、私は思わず窓を見た。
街の灯りがゆっくりと遠ざかるのを、私は見ていた。
「もう春だね」と、貴方は呟いた。
貴方の視線の向こうには
枯れ木に雪があるばかり。
貴方はふらりと踵をかえし
私だけが残された。
貴方が感じた春の影を
忘れ難く、探している。
雨の日にだけ、君は現れる。
うらぶれた古書店。
わずかに突き出た庇の下に、いつもワゴンが置かれている。
日差しがあたりそうな危うさの中で、
¥100の値札が震えている。
雨の日にだけ、君は現れる。
重いワゴンをしまうために。
少しだけ長い前髪から、危うく雫が落ちそうだ。
君は私を見て、不機嫌そうに目を逸らす。
君なりの親愛の情。
私は君を素通りし、店内に入り込む。
帰る間際、思い出したようにワゴンに近づく。
君はいない。
手を伸ばす。
¥100の値札がカタリと笑う。
雨の日は、私の部屋に古い文庫が一冊増える。
私は温みを求める虫です。
温かい餌を求めて
じくじくと動きます。
私は温みを求める虫です。
日の光でじんわりと温められた
アスファルトに腹ばいになるのが好きです。
背中をじりじりと灼かれるのが痛いので
できれば薄曇りの日がいいです。
私を傷つけぬ程度の熱が
血や筋肉がじんわりじんわり温まり
私はようやく地を這います。
私は温みを求める虫です。
人の会話が聞こえる中で
コロリと体を丸くするのが好きです。
途切れ途切れの会話が好きで
沈黙の続く中、誰かがふっと笑う時
私のお腹はぐぅ、と鳴ります。
私はぐぐっと体を反らし
おいしい温みを食べるのです。
私は温みを求める虫です。
今日もぷちっと太ります。
人の案内で車を走らせている時
こんなところに道があったのか、と思った経験があるだろう?
知っている者にしか、見えないことがあるというのは
何も道路の話だけじゃない
私もそれを知っているだけなのだよ
誰の心にでも一つはある、しこり
腫れてうっすらと盛り上がった薄桃色のそれを
密かに尖らせておいた爪で抉るのだ
中途半端な刺激ではいけない
相手にとって、何が一番効くのか
それを考えているときが一番楽しく、
うまくしこりから鮮血が吹き出した時など
思わず口元が緩むほどだ
例えばあそこの彼女にはね
「毎日休まずに来ていて、それだけでも立派だよ」と、囁いてあげたんだ
さぁ、数週間か数ヶ月か、
彼女は悶え苦しむだろう
もしや繊細な子羊は
早めに天に召されるかもしれない
勘違いしないでおくれ
私は人の涙する姿が愛おしくて
最も美しいと思うだけさ
その言葉は、
あまりにも乱暴に私には聞こえる
あなたへの
安らぎや羨望、
自らへの
愚かさや滑稽さ、
胸の苦しみ、あなたの睫毛に反射する朝日の完璧さ
丁寧に丁寧に解きほぐして伝えるべきたくさんの言葉を
十把一絡げに乱雑に縛って
あなたの胸に投げつける行為である気がして
もどかしくても使わないの
あなたは美しい感性の持ち主だから
あなたもきっと、言わないわ
あぁ、だけど、
詩的な目を持つあなただから
乱暴にこの言葉を投げつけて、
あなたがどんな想いを読み取るのか、見てみたい
そんな好奇心もあるわ
あぁ、そうなると、
無性にこの言葉を言いたくなる
言って、あなたの困った顔を、
じっくり見つめて
微笑ってみたい
不思議だ。
それは吐きだした瞬間に、私の興味を醒ましてしまう。
私の中にあった時は、
あんなに美しかったのに。
不思議だ。
恐らくそれが、あらわす、ということなのだろう
あらわした瞬間、
それはすでに私のものではないのだ。
私を喜ばせるためだけに存在していたそれは消えてしまった。
私はまた孕み、膨張させ、収縮させ、
そしてまた吐きだしてしまうのだろう。
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その存在は、常に私をひきつけてやまない
―――地球光
私が目覚めたその時から
それは青く輝いていた。
それの背後にある大きな光と比べれば、
とても発光とは言い難い。
だが、楕円形の輪郭をうっすらとぼやけさせる、
空間とそれの間ににじむ青が、私は好きだった、
ある時、私は発見した。
それの内部にちらちらと、ほんのちいさくちいさくきらめく光があることに。
その時私は私の冷たい体に、
熱が生まれたのをはっきりと感じた。
嬉しかった。
今まで幾度となく姿を変えてきた、それが見せた変化の中で、
一番美しいものだったから。
やがて光はそれの全身に行き渡り、
大いなる光として発光しはじめるのだろう。
それは、
かけがえのない存在になろうとしているのだ。
あぁ。
私は私の中に生まれた想いに思わず震える。
―――そうすれば私も、その光を浴びて、
青く輝けるのだろうか、と。
私には聞こえないけれど、時々思うのだ
世界はもっと色々な音で溢れているのだろうと
たとえば
喜びの音、
哀しみの音、
退屈な音、
恋に落ちた音、
微笑みの音、
さよならの音
この音を聞き取れる人は
色々な音が入り混じったこの世界を
素敵だと思っているのかしら
様々な音の中
はっとするほど、
思わず足を止めてしまうほど、
美しい音色を発見した感動を
私も味わってみたいと思う